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9月, 2024の投稿を表示しています

台南日本軍「慰安婦」少女像の撤去について

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6月に雲南省から上海長興島に戻って来た後、台南市日本軍「慰安婦」少女像の関係者3名に対して、Facebookと電子メールにて、少女像移設問題の現在状況を問い合わせる内容のメッセージを送信させていただいておりましたが、回答はないままでした。日本軍「慰安婦」メモリアルデーである8月14日夜に、ネット上で関連記事を軽く検索してみた際には、少女像移設問題に触れられたものを残念ながら見落としてしまったようであり、とりあえず、所謂本土派の人権系NGO職員さんが転載した台北市婦援会主催の関連イベントに関する投稿文に対して、台南市少女像移設問題の現在状況が不明であるとの旨のコメントをさせていただいておりましたが、こちらも反応がなかったため、もしかしたら、そのまま従来の場所に設置し続けらるように関係者間で妥結済みだったりするのかな等といろいろ想像していた次第です。 ご指摘を受けて、早速9月25日に検索してみたところ、8月16日付けで、台南市慰安婦人権平等促進協会理事長童小芸氏のFacebookページ上に、もうすぐ期限が到来するので、台南市振興人文童話公園内への移設を希望するとの旨の一文が掲載されているのを確認しました(「童小芸 深根台南一起打拼」 https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=122132305520299529&id=61558985889057 )。やはり、当然ながら、台南市内を優先して希望されているようです。また、9月19日付けの「聯合報」の記事によれば、中国国民党籍台南市議会議員さんが、台南市当局に対して、財源が無いのであれば、経費は自ら調達するので、設置するための緑地の提供を求めたとのことです(聯合新聞網「南市慰安婦銅像拆了!藍議員要市府安置 黃偉哲回應了」 https://udn.com/news/story/7326/8237692 )。 私有地に設置するのであれば、ある程度スムーズに事が運ぶのでしょうが、実際のところ、台南市市長選挙も台南市市議会議員選挙も歴史的に本土派勢力が強い地盤であり、もちろん、各勢力とも、様々な考えをお持ちの方がいらっしゃるとは思いますが、世論が特に盛り上がらないのであれば、所謂統一派の求める公園という公有地への設置が実現できる可能性は、短期間内には難しいものがあろう...

台北自由墓園、政治大学雷震記念館・研究センター/台北自由墓園、政治大學雷震紀念館暨雷震研究中心

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9月16日は殷海光忌にあたりますので、2024年2月に撮影した写真をもとに、殷海光先生の墓がある自由墓園に関する動画を作成してみました。 自由墓園は台北市南港区に近い南港墓園内にあり、住所からいうと、新北市深坑区(旧台北県深坑郷)になるのでしょう。南港方面から向かうこともできますが、今回は台北MRT木柵線からバスに乗り換えるルートを選びました。自由墓園内には、嘗て台湾の民主化に多大な貢献のあった雑誌「自由中国」の関係者で外省系自由派知識人である雷震夫妻、殷海光夫妻、傅正先生等に加えて、自由墓園の設置者である雷震先生の他のご家族の墓碑があるようです。 続いて、自由墓園からさほど遠くないところにある国立政治大学には雷震記念館・研究センターがあるので、訪れてみることにしました。ただ、キャンパス内に設置されている地図を見ても、場所が見当たらず、事務職員と学生を含めて合計3人に聞いてみましたが、分からないとのことであり、やむを得ず、ネットで調べてみると、別のキャンパスにある図書館内にあるようなので、一旦、正門から出て、指南キャンパス達賢図書館に向かいました。図書館の6階に上がる必要があり、個人情報を入力し、パスポートを預けて、臨時の図書館カードを受け取りました。雷震先生関連の展示品は、通路に置かれた陳列棚の上や壁に掛けて展示されており、参観は無料です。ただ、展示物の数はそれほど多くはないような気がしました。とりあえず、図書館の職員さんには、キャンパス内に設置されている地図に記載がなく、学内でも知名度は高くない模様であるという問題点を指摘しておきました。 9月16日是殷海光先生的忌日,我使用自己在2024年2月拍攝的原始相片,創作了殷海光先生之墓所在的自由墓園有關影片。 自由墓園位於台北市南港區附近的南港墓園內,從地址來說,在於新北市深坑區(原台北縣深坑鄉)。當然也可以從南港方面去,不過這次我選擇了台北捷運木柵線換乘公車的路線。自由墓園內有大陸赴台自由派知識分子雷震夫婦、殷海光夫婦、傅正先生等曾經對台灣民主化有很大貢獻的《自由中國》雜誌相關人士以及自由墓園的創設人雷震先生的其他家人的墓碑。 接著,我到訪了國立政治大學,是因為政治大學設有雷震紀念館暨雷震研究中心,而且政治大學距離自由墓園不太遠。只是,我看了一下校園內設置的地圖,結果地圖上根本找不到該紀念館...

新居浜金子山神風特攻隊敷島隊員の墓等/四國島新居濱金子山神風特攻隊敷島隊員之墓等

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金子山の展望台から北側を見渡すと、眼前に広がるのは、住友グループの工場群、瀬戸内海燧灘とそこに浮かぶ島々、さらには対岸の中国山地。翻って、南側を見渡すと、中央構造線に沿って連なる急峻な四国山地石鎚山脈。南海大地震のような自然災害をもたらしたりもする造山運動ですが、これがないと、日本列島はそもそも存在しなかったかもしれませんね。また、海の色も、空の色も、遠くから眺めれば、そこそこ青く見えるのは、日本列島自体が大海に浮かぶ島嶼部だからこそでしょう。 さて、2024年パリオリンピックでは、日本代表選手による神風特攻隊関連施設発言が、中国大陸で物議を醸すといったことがございました。実は、神風特攻隊員として戦死された方の数は数千人規模であり、日本国内では、身近なところにも関連スポットがあったりするものです。江戸時代に別子銅山が開坑されて以降、住友グループ発祥の地、企業城下町として発展してきた四国地方屈指の工業都市新居浜市、さらには、隣接する西条市、四国中央市にも関連スポットがあるようです。2024年1月、新居浜市内の関連スポットの前を通り過ぎる機会があり、ついでに少し撮影してみました。 作成した動画は通常、国内外の主流プラットフォームで公開した後、リスクを判断した上で、できるだけ、こちら中国大陸の各種プラットフォーム上でも公開するようにしていますが、本作品を中国大陸のプラットフォームにおいても公開するべきかどうかと考えると、少し迷うところです。ちなみに、前々回、渡緬記者長井健司氏の墓に関する動画作品を中国大陸のプラットフォームで公開したところ、噛みついてきたフォロワーが一人いたこともあり、撮影日時の順番からいうと、本動画を構成する写真の撮影日時は、前回作品別子銅山中国人殉難者慰霊之碑を構成する写真の撮影日時よりも早く、順番が逆になってしまいますが、敢えて後者を優先して作成いたしました。 それはさておき、こうした歴史スポットに出くわしたときに、重要なことは、そこから何を学び取るかでしょう。可哀そう、忠君愛国、祖国防衛、あるいは、集団主義、洗脳、戦争と平和、侵略と被侵略等、いろいろな反応があろうかとは思いますが、とりあえず、対米関係についてのみ申し上げれば、自国民に確実な死を迫るという人命軽視の非常手段を使ってでも、天皇制という国体の維持が図られた時代が過去にあったのであり...