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从中缅边境云南瑞丽总佛寺・傣王宫眺望的缅甸掸邦木姐(2023年11月19日)

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位于中缅边境中国云南省德宏州瑞丽市的总佛寺・傣王宫广贺罕古城遗址(傣族明朝麓川王的王城遗址),我分别在缅甸1027行动第一期期间的2023年11月和第二期之前的停火期间的2024年5月各两次共4次到访,想从那里眺望对面的缅甸掸邦木姐的城市街景。最近,泰缅边境缅甸克伦邦妙瓦底因跨境诈骗集团行动据点而广为人知,但据说在中缅边境掸邦木姐也有不少电信诈骗据点,因此我也有意从远处观察那一带的状况。 据说,木姐的电诈据点一度超过百处[1],并且有说法称,从瑞丽看得到的那栋楼和这栋楼大致也是电诈据点[2][3][4][5][6],但其真实性无法确认。我拍摄本视频素材的时间是2023年11月19日,前一天即2023年11月18日,木姐当局将一些电信诈骗嫌疑人移交给中方[7][8],这些嫌疑人来自木姐的共58个电诈据点[9]。然而,据说诈骗集团的干部等人提前潜逃于山区,逃脱了抓捕[10]。次年即2024年,中缅双方当局共同合作,在木姐两次开展打击电诈行动[11][12]。 至于本视频的内容,当我从瑞丽市中心步行前往总佛寺・傣王宫的途中,偶尔听见从远处传来的炮弹声,其间隔相当长,并且随着时间推移,到达总佛寺・傣王宫的时候,频率已经显著降低,因此我来不及启动手机,最终没能录制。不过,有一段时间又听到不少噪音,这或许是某种干扰,但我的手机确实录下了直升机的噪音和轻武器的枪声。这大概是缅甸民族民主同盟军(MNDAA)等武装组织那时候正向木姐外围推进等原因吧。然而,木姐作为中缅边界最大的陆路贸易口岸,具有极高的战略重要性,虽然包围战持续进行,但一直未被攻陷,直到2025年1月,在中国政府的调解下,果敢军似乎再度签下了停火协议。 缅甸的边疆地区,在某种意义上,也可以说是第二次世界大战期间日军遗留下来的战火余烬持续燃烧至今的地方。从1948年独立以来,缅甸内战至今成为世界上持续时间最长的内战。在这样的背景下,为抵抗民族灭绝政策而奋斗的少数民族地方武装组织中,克伦民族解放军(KNLA)具有悠久的历史,并且有日籍人士以志愿兵、雇佣兵或教官的身份参与其中的历史[13][14]。因此在克伦邦妙瓦底对面的泰国达府湄索有一座为他们竖立的“自由战士之碑”[15]。 此外,据说缅北民地武的本地普通士兵的薪水最多只有几百元人民币/月,尽管如此,在大陆版短视频平台,有时候依然可以看到网民留下的希望加入民地武...

從中緬邊境雲南瑞麗總佛寺・傣王宮眺望的緬甸撣邦木姐(2023年11月19日)

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位於中緬邊境中國雲南省德宏州瑞麗市的總佛寺・傣王宮廣賀罕古城遺址(傣族明朝麓川王的王城遺址),我分別在緬甸1027行動第一期期間的2023年11月和第二期之前的停火期間的2024年5月各兩次共4次到訪,想從那裡眺望對面的緬甸撣邦木姐的城市街景。最近,泰緬邊境緬甸克倫邦苗瓦迪因跨境詐騙集團行動據點而廣為人知,但據說在中緬邊境撣邦木姐也有不少電信詐騙據點,因此我也有意從遠處觀察那一帶的狀況。 據說,木姐的電詐據點一度超過百處[1],並且有說法稱,從瑞麗看得到的那棟樓和這棟樓大致也是電詐據點[2][3][4][5][6],但其真實性無法確認。我拍攝本影片素材的時間是2023年11月19日,前一天即2023年11月18日,木姐當局將一些電信詐騙嫌犯移交給中方[7][8],這些嫌犯來自木姐的共58個電詐據點[9]。然而,據說詐騙集團的幹部等人提前潛逃於山區,逃脫了抓捕[10]。次年即2024年,中緬雙方當局共同合作,在木姐兩次開展打擊電詐行動[11][12]。 至於本影片的內容,當我從瑞麗市中心步行前往總佛寺・傣王宮的途中,偶爾聽見從遠處傳來的砲彈聲,其間隔相當長,並且隨著時間推移,到達總佛寺・傣王宮的時候,頻率已經顯著降低,因此我來不及啟動手機,最終沒能錄製。不過,有一段時間又聽到不少噪音,這或許是某種干擾,但我的手機確實錄下了直升機的噪音和輕武器的槍聲。這大概是緬甸民族民主同盟軍(MNDAA)等武裝組織那時候正向木姐外圍推進等原因吧。然而,木姐作為中緬邊界最大的陸路貿易口岸,具有極高的戰略重要性,雖然包圍戰持續進行,但一直未被攻陷,直到2025年1月,在中國政府的調解下,果敢軍似乎再度簽下了停火協議。 緬甸的邊疆地區,在某種意義上,也可以說是第二次世界大戰期間日軍遺留下來的戰火餘燼持續燃燒至今的地方。從1948年獨立以來,緬甸內戰至今成為世界上持續時間最長的內戰。在這樣的背景下,為抵抗民族滅絕政策而奮鬥的少數民族地方武裝組織中,克倫民族解放軍(KNLA)具有悠久的歷史,並且有日籍人士以志願兵、僱傭兵或教官的身份參與其中的歷史[13][14]。因此在克倫邦苗瓦迪對面的泰國達府湄索有一座為他們豎立的「自由戰士之碑」[15]。 此外,據說緬北民地武的本地普通士兵的薪水最多只有幾百元人民幣/月,儘管如此,在大陸版短視頻平台,有時候依然可以看到網民留下的希望加入民地武的評論...

中緬国境雲南瑞麗総仏寺・傣王宮から眺めたミャンマーシャン州ムセ(2023年11月19日)

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中緬国境に位置する中国雲南省徳宏州瑞麗市の総仏寺・傣王宮広賀罕古城遺址(タイ族の明朝麓川王の宮殿跡地)には、ミャンマー1027作戦第一弾期間にあたる2023年11月と第二弾開始前の停戦期間にあたる2024年5月に、それぞれ2度、合計4度訪れ、向かい側に広がるミャンマーシャン州ムセの街並みを眺望してみました。最近、泰緬国境に位置するミャンマーカレン州ミャワディがオンライン詐欺拠点として有名になりましたが、中緬国境に位置するシャン州ムセにも少なからずオンライン詐欺拠点が存在するとのことであり、その様子を遠望してみるという狙いもありました。 一説によれば、ムセのオンライン詐欺拠点は多い時で百箇所を超えていたと言われており[1]、そこに見えているあれもこれも恐らく詐欺拠点らしいですが[2][3][4][5][6]、真偽の程は不明です。本動画の素材を撮影した2023年11月19日の前日にあたる2023年11月18日には、ムセ当局から中国側へオンライン詐欺犯の引き渡しが実施されましたが[7][8]、それはムセにある58箇所の詐欺拠点からであり[9]、ただ、幹部等は山中に隠れて逮捕を逃れたとも言われ[10]、翌2024年には、中緬両国共同でのオンライン詐欺犯の一斉逮捕が二度にわたってムセで実施されました[11][12]。 さて、本動画の内容について説明すると、瑞麗市の中心部から総仏寺・傣王宮へ歩いて向かう途中、重火器の発射音については、相当の間隔を空けて、たまに聞こえる程度であり、総仏寺・傣王宮に到着する頃には、その頻度はさらに下がっていたので、結局、その瞬間には間に合わず、録画できた動画はありませんでした。ただ、またまた付近で多くの雑音が発生していたのは一種の妨害なのかもしれませんが、ヘリコプターの飛行騒音や軽火器の射撃音をスマホは捉えていたようです。ムセの周辺地域には、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)等が迫っていたりしたからでしょう。しかし、ムセは、中緬国境最大の陸上貿易ゲートがあるという非常に高い重要性を具備しており、その後も包囲が継続されたまま、陥落はせず、2025年1月に、中国政府の仲裁により、MNDAAは、とりあえず再度の停戦ということになったようです。 ミャンマーの辺境地域は、ある意味、旧日本軍が放った第二次世界大戦の戦火の残り火が燃え続けてきたとも言え...

ベトナム戦争期韓国軍民間人虐殺裁判二審も勝訴/越戰期間南韓軍平民屠殺訴訟二審再獲勝訴

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ベトナム戦争中の1968年にベトナムクァンナム省にて韓国軍が引き起こした民間人虐殺事件に関して、ベトナム籍被害者が国による賠償を求めて韓国ソウルの裁判所に提訴していた裁判につきまして、2023年の一審判決で原告の勝訴となり、それに不服の韓国国防省が控訴していましたが、2025年1月の二審判決でも一審原告の勝訴となりました。 戦争被害者による加害国側での裁判闘争とそれを支える市民運動という構図で捉えれば、類似の案件であったとも言える関釜裁判では、1998年の山口地裁下関支部の一審判決で、国の立法不作為を認めて、韓国籍日本軍「慰安婦」被害者は救済、女子勤労挺身隊被害者は救済せずという一部勝訴となったものの、二審と三審では敗訴となりました。また、台湾籍日本軍「慰安婦」裁判を含め、日本国内での他の日本軍「慰安婦」裁判は、一審、二審、三審とも全てが原告の敗訴となりました。 関釜裁判の提訴地として、権力の中心である東京から遠く離れた山口地裁下関支部を選んだ理由の一つは、出世街道から離れた辺境の地に良心的裁判官がいる可能性を期待したということです(花房俊雄、花房恵美子「関釜裁判がめざしたもの──韓国のおばあさんたちに寄り添って」白澤社、2021年、21〜22頁)。 今回、韓国の首都ソウルの裁判所が、被害者の訴えを再び認めたことを大いに賞賛したいと思います。私も、微力ではありますが、「世界人権闘士記念碑」の台湾もしくは日本国内での設置等を含め、引き続き世界平和のために尽力して参りたいと思います。 南韓軍隊於越南戰爭期間的1968年在越南廣南省造成平民屠殺事件,越南籍倖存者2020年向南韓首爾的法院提起損害賠償請求訴訟一案,2023年一審判決原告勝訴,但對此不服的南韓國防部提出了上訴後,2025年1月的二審判決仍維持了一審原告勝訴的結果。 從戰爭受害者在加害國提起訴訟,並受到加害國本地民眾支持的視角來看,這與1992年起訴的「關釜訴訟」有相似之處。在該案中,日本山口地方法院下關支部1998年一審判決認定了日本國會的立法不作為責任,支持韓籍日軍「慰安婦」受害者的訴求的同時不支持女子勤勞挺身隊受害者,屬部分勝訴。然而,該案在二審和三審均以敗訴告終。此外,在日本國內起訴的包括台籍日軍「慰安婦」訴訟在內的其他日軍「慰安婦」訴訟則一審、二審和三審均以原告敗訴收場。 在「關釜訴訟」中,原告...